大前研一 | 2007.08.16 Thursday
「先生となって赴いたスタンフォードでの一年間は、
誠につまらないものであった。
教授も学生もエリート意識のかたまりで、
現実の経営からはほど遠い知識と経験しか持っていなかった。
授業で取り上げるケース(実例)も古いものばかりで、
ほとんど生きた経営は教えられていなかった。
スタンフォードにしてからその程度であった。
しかも学生は成功のパターンを覚えようという意識が強く、
経営の奥深さや難しさに関しては学ぼうとしなかった。
こんなガキを相手に話をしても無駄だ、
というのが私の結論である」
佐伯啓思 | 2007.08.14 Tuesday
「今日ほど、学問が、その緊張感を失っている時代は
めずらしいのではないか、と思います。
『職業としての学問』のなかでウェーバーが述べた、
自分が何を対象としてどのような意思をもって
学問に対しているのか、という自覚的な緊張感や
倫理観がほとんど失われているように思えるのです」
「物みなの底に一つの法ありと
日にけに深く思ひ入りつゝ」
ロバート・ルービン | 2007.08.12 Sunday
卒業後、私は四年前不合格にされたプリンストン大学の
入試部長にふざけ半分の手紙を出した。
『貴大学の卒業生を追跡調査しておられることと拝察いたします。
他方で貴大学に合格を許されなかった学生の
その後にも興味がおありではないかと存じます。
このたび私は最優等とファイ・ベータ・カッパをいただき、
ハーバード大学を卒業いたしましたことを
お知らせしたくお手紙を差し上げました』。
すると、部長から折り返し返事があった。
『お手紙ありがとうございます。
毎年、プリンストンでは非常に優秀な学生を何名か
不合格にしなければならないと考えております。
ハーバード大学にも、
すぐれた学生が入学できるように』
佐伯啓思 | 2007.06.26 Tuesday
「学問とは客観的な知識ではなく、
知識へ向かう態度です。
そして、その態度は、
その社会や時代から逃れることは容易ではない。
その意味で、学問や知識は決して
国籍を持たないわけではなく、
その国や社会のあり方を反映してしまうのです」
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「本当に核になる教養というのは、
かつての中国やヨーロッパを顧みると、
結局は少数者から少数者へと伝えられている。
つまり、肝心なことの教育というのは、
少数の人にしか出来ないのですね」
岩井克人 | 2007.06.02 Saturday
「日常経験と対立し、世の常識を逆なでするという
その理論のはたらきが、真理を照らしだすよりも、
真理をおおい隠しはじめるとき、それはその理論が、
真の理論からドグマに転落したときである。
そしてそのとき、その理論に内在していた
盲点と限界とが同時に露呈されることになる」
岩井克人 | 2007.06.02 Saturday
「理論の批判は、理論によってしか可能でない。
そしてそれは、それまでの理論が
『思考せずに済ませていたこと』を
思考することによってのみ可能なのである」
岩井克人 | 2007.06.02 Saturday
「理論の正しさは経験からは演繹できない。
いや、経験から演繹できるような理論は、
真の理論とはなりえない。
真の理論とは日常の経験と対立し、
世の常識を逆なでする。
それだからこそ、これまで見えなかった真理を
ひとびとの前に照らしだす」
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